アラビアのロレンスの影響でトルコ民謡が生まれた?

都内で民族音楽ラボを営む
スワラジのウエダです。

白い砂漠と地平線
ラクダにのった英国人ロレンスが活躍する
昔のハリウッド映画にもなった実在の人物アラビアのロレンス、
西洋では英雄ですが中東での評判はあまり好ましくないです😭

中東問題が今のように複雑化したのも
ロレンスらが活躍した時代の植民地支配の影響と考えられています。

悲しみのトルコ民謡の背景になにがあったの?

今から100年ほど前
中東はオスマン帝国という大きな国の支配が続いていました。

今では
トルコ、シリア、イスラエル、アラビア、湾岸諸国など
ぜーんぜん別々の国ですが
何百年もの間、オスマン帝国の名のもと
ひとつの国として統治されていました。

帝国の力が弱まっていた今から
100年前、第一次世界大戦のころ

ロレンスはスパイとしてアラビアに派遣されました。
そしてアラビアの国々の独立運動と連携して
大活躍!というのが映画でのストーリーですが

TRTの動画でも説明されているように
ロレンス一人の英雄的行動というのは
いささか誇張されすぎている点も否めない事実です。


こうした、誇張されたような見解を
エドワード・サイードが記したオリエンタリズムでも知られていますね。

実際はアラブのオスマン帝国への反乱にも関わらず
外国人がリーダーとなって起こしたように描かれ、西洋にいいとこ取りされた感に対し中東の人々が納得できない理由もわかるような気がします。

アラブはともかく
この映画の中では
チョビひげをはやしたオスマン帝国の将校の変態っぽい?
表情などトルコ人がかなり酷い描写で描かれています😭

  • ベトナム戦争→アメリカのランボーが活躍?
  • アラビア独立戦争→ロレンスが活躍?

実在しないランボーはともかく
ロレンスは西洋だけの英雄なのは明白でしょう。

 Havada blut yok 空に雲なし

この時期に
トルコ東部からアラビアに向けて
派遣された兵団ですが

苦しい戦況の中で
故郷に帰るものはなく

ほとんどの兵士は皆
イエメンでなくないrました

その悲劇のあと
トルコ東部の人々により作られた100年前の民謡Havada blut yokは
いまでもトルコ人のこころに深くのこっています😌

Havada bulut yok bu ne dumandır      
Mahlede ölü yok bu ne şivandır
Şu Yemen elleri ne de yamandır

Ah o Yemen'dir gülü çemendir
Giden gelmiyor acep nedendir
Burası Huştur yolu yokuştur
Giden gelmiyor acep ne iştir

空には雲もないのに、
あの硝煙はなんだろう?
近所の人たちには死者はいないのに、
あの嘆きはなんだろう?
イエメンの地はとても険しい
そこはイエメン、そのバラは
フェヌグリーク
行った者はだれも帰らない

こちらは70年代の録音
カーヌーンなど伝統的な楽器をつかい
中東感が出ていますね

1拍目にドン!と
パーカッションが入ってからのスタートする
10拍子の民謡なので
独特なリズムと節回しが魅力的ですね😌


とはいえ、民族楽器バージョンのみですと
現代人の耳には聞き馴染みがないかもしれないですよね
イマイチ感情に訴えかける感じがないかもしれないですよね?
そこで
もう少しわかりやすい現代的なバージョンを紹介しますね

こちらは最近のアレンジにより
なんと11万回も再生されたバージョン

ベースやギターなどの伴奏があると
グッと聞きやすく、
現代人にとって親しみやすくなります。

とちゅうワンコが出てくるのもいかにも
今のトルコ感がでていますね😌

それにしても後半のエレキギター
絶叫ロックシンガーはやりすぎな気もしないでもないですが
これくらいわかりやすくすることでYoutube受けするのかもしれないです。

こちらは
イスタンブールの古楽器ケメンチェ(リラ)と
ふつーのギターでやってみました

というわけで
ギターなど
そこらへんにあるような楽器でも
こうした音楽を楽しむことはできると思います
音声ラジオも配信してますので
よかったらお聞きくださいませ🙇

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